[Twitter]パクツイは悪い事だし、金銭的な見返りも無い。じゃあ何故やるの?

なぜ彼らはパクるのか? パクツイ常習犯が語るTwitterの闇

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そもそもパクツイが悪いことなんていう意識が希薄なんだと思っていましたが、どうやらそうでもないんですねぇ。いやむしろ、単純に承認欲求が勝るというだけのことなのかな。これで取っ捕まるわけでもないでしょうしね。

ただ気になるのは、以下の部分。

“「いつのころからか、パクっているうちにだんだん見ず知らずの人にも、そのパクツイがリツイートされていることに気付いたんです。そして、じわじわフォロワーも増えていって……」”

結局、”他人もやってるから自分も良いんじゃないかな?(むしろその方が良いんじゃね?)”という感じになっていったんでしょうか。…結局、いじめ問題やヘイト問題と同じように、日本人(だけかどうかは知らないけど)にとって”空気”が最大の敵ということなのかも知れません。

流され易すぎ、というかね。

大抵の場合、空気というのは正しいもので、大同に従っていれば、責められません。しかし時折、”冷静になっていればどう考えても間違っている”というものに対しても大同になっていることがある。それに気づかずに、不思議とこれは正しいと”思い込もうとする”。簡単に言えば、自分の都合の良いように大同を捉えてしまうということですね。

【コラム】
民主主義というのは、あくまで大衆の多数決がそのまま民意になるということではなくて、大衆の総意であれば、結果として、正しい結論になる可能性が高いだろう、という希望的観測がその理論の根底にあります。…けれども、概してそうではないことは歴史が示してきた通りです。(この辺については、プラトンの”国家“を読んでみて下さい。”単純な民主主義(=多数決)”がどれだけ駄目かが解ります)

普通、外国であれば、賛成意見と同じぐらい反対意見(というより別な意見)が出ます。何故なら、他人の意見を必要以上に気にしないからです(悪く言えば自己中心的とも)。しかし、日本の場合、隣の人の評価や意見を観測してから、まず自分の評価を形成しようとします(良く言えば協同的)。

…要は、常に大同小異(細かな点は違えど、だいたい同じ)の状態であることを希求するわけですね。自分だけが変わった事をするのを嫌がるというか、そのくせ、ちょっとだけ違う事をも望むというか。…やや矛盾しているような気もしますが、そんなのが”日本人らしさ”というやつなんでしょう。”事なかれ主義”ともいう。

だから、パクツイに対してガミガミ言う人も、それでいて彼ら(パクツイッタラー)を訴える気はさらさらない。偶に文句を言うぐらい。何故なら、事なかれだから。大同から逸れる事を嫌うから。要は皆が訴えてないのに訴えるのが恥ずかしいから。対して、パクツイッタラーもその事に胡座を書いてパクツイを続けるのでしょう。

…結局、誰かが訴えない限りパクツイは続いていくわけですが、しかし誰かが訴えたその瞬間、パクツイはグレーからブラックへと、手のひらを返したかのように変貌していく。いやぁ、難儀な世界だ。


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